特別攻撃機「桜花」一一型
全長6㍍余の機体の頭部に1200キロの爆薬を装填した一人乗りの小型ロケット滑空機。母機一式陸上攻撃機の胴体下に懸吊して、敵目標の数十キロ付近まで進撃後、離脱して滑空およびロケット推進で目標に突入・体当たりする特攻機である。屋部のロケット3基を噴射、全力突入で時速648キロを出した。
散ってゆく息子をほめてあげたい、たたえてあげたとする母心
緒方襄さんは、昭和20年3月21日、ロケット特攻機「桜花」の搭乗員として母機一式陸上攻撃機に搭乗し、鹿児島県の鹿屋基地を出撃。九州南方洋上にて戦死された。
特攻隊志願の決意を聞かされた母の三和代さんは、今生の別れと我が子の任地に赴く。この一夜限りの母と子のときを詠んだ母の短歌。
『うつし世のみじかきえにしの母と子が 今宵一夜を語りあかしぬ』
そして翌朝、帰路につく母の鞄に息子はそっと紙をしのばせた。帰宅後に、その紙に書かれてあった我が子の歌を母は見つける。
『いざさらば我は御国の山桜 母の身元にかへり咲かなむ』
このときの息子への思いを母も又、歌にしている。
『散る花のいさぎよきをばめでつつも 母のこころはかなしかりけり』
何処に死にゆく我が子を悲しまぬ母がいるだろうか。しかしなお、息子の潔さを褒めてあげたい、たたえてあげたいとする母心が、読むもののこころに刺さり、涙を誘うのである。
「同期の桜」は言うまでもなく、靖國神社の桜は多くの歌になっている。我が夫は、我が息子は、我が友はどの桜木に宿っているのだろう。そんな思いを抱く世代も今やいなくなってしまった。しかし、日本人の桜への心持ちの中には、浮き立つような春の喜びだけでなく、死んでいった人達と一緒に桜を眺めた時の追憶といった悲しみの感情が入り混じっているようだ。だからこそ、満開の時それ以上に散り始めた桜の風情に心が動かされるのだろう。
「散る桜 残る桜も 散る桜」、戦争という大風に散っていった世代があった。その中に、ロケット特攻機に搭乗した『桜花』もある。
参考引用 「いざさらば我はみくにの山桜」 展転社 平成6年
【警察学校生の感想】
多くの国民が祖国のため愛する人のために自らの命を捧げたことは事実
「いざさらば我は御国(みくに)の山桜 母の身元(みもと)にかへり咲かなむ」
「散る花のいさぎよきをばめでつつも 母のこころはかなしかりけり」
これは、今回の倫理講話でもっとも心に残った言葉です。この短歌を聞いた時、私は言葉に出来ないほどの悲しみに襲われました。約1トンもの爆弾を積み込んだ特攻機。二度と帰ってくることがない為、着陸用の車輪すらつけられていない特攻機に乗り込み、敵艦に突っ込んでいった。その出撃前に母へと贈られた詩。そして、息子の詩を受け取り、すでに亡くなってしまった息子におくり返した母の詩。母と子の間の深い愛情と、戦争という悲惨な時代に生まれてしまったことに対する悲しみとやりきれない思いを感じました。
【警察学校生の感想】
胸を張って見せられる国にしたい
倫理講話の中の人達は、私と年も変わらないのに死の直前でありながら、どの人も祖国を守るため懸命に生き、両親家族をとても大事にし、日本という国を愛し後に残る人のことを考えていました。誰一人として国や何かを恨んだりしてはいません。それに比べて私達はどうでしょう。国のために何かをするという発想はほとんど無いかもしれません。私達は、県民・国民を守りたいと警察官を志し、勉強しているのですが、自分の命を投げ出す覚悟は出来ていません。もしも突然戦争が起こり、自衛隊だけでは対応できず体力のある若い人は戦争に行けと言われたら、今の若い人達はほとんど行かず大抵逃げ出すことでしょう。私達は、小中高と戦争について教育を受けましたが、今回の講話のような話は一度も授業では聞いたことがありません。今の教育は、戦争は悪いこと戦争に行く人も悪い人と、戦争は人殺しという一番暗い部分を大きく教えているような気がします。戦争に行った人達は皆、殺したくて殺していたのではないのです。死にたくない、祖国を守りたい、愛する人を守りたいという気持ちから殺さざる得なかったことでしょう。そういった部分が今の教育には欠けていると思います。中国や韓国からまた国内から、侵略だった、残虐行為をしたと、太平洋戦争に行った軍人全員のことを悪魔のように責めていますが、講話で紹介された遺書を読むと、皆さん立派な人ばかりです。軍人の中に、ごく少数は責められても仕方ない人もいたかもしれませんが、ほとんどは誇り高い人達だったのではないかと想像します。確かに戦争は悲劇です。しかし、戦争は国と国とが国益をぶつけ合い政治決着がつかずに最終手段としてのものです。そこに善悪をつけるのは大変に難しく、どちらかが正義で、どちらかが悪というものではないと思います。(中略)私は、戦争を良いものだとは思っていませんが、多くの国民が祖国のため愛する人のために自らの命を捧げたことは事実です。その先人の行為は我が国の誇りであり、後世に伝えなければならないことです。
今回紹介して頂いた方々を始め、多くの日本人が今の日本のために犠牲となりましたが、果たして先人が望まれた日本になっているでしょうか。これからの日本を作っていく者として、自分が国家のため国民のために何が出来るのかを考え、職務にあたることはもちろん、普段の生活の中でも考えたいと思います。今はまだできませんが、いずれ英霊に、これがあなた方が命をかけて守った日本ですと胸を張って見せられる国にしたいです。
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