艇員、死に至るまで皆よくその職を守りたり
明治43年4月15日、瀬戸内海の岩国沖で第六潜水艇は潜航訓練中に沈没。艇長佐久間勉海軍大尉は部下13名とともに殉職された。(詳細は、当ブログ10番にあり)
当時ヨーロッパでは潜水艇の沈没事故が多発し、引き揚げてハッチを開くと乗員が脱出用のハッチに群がり死亡している状況(他人より先に脱出しようとして乱闘の跡など)であったため、帝国海軍関係者も同様の状況を心配していた。ところが、引き揚げられた第六潜水艇では、佐久間艇長以下乗組員14人がそれぞれの持ち場にて死亡していた。さらに佐久間艇長は事故原因や潜水艦の将来、乗員遺族への配慮に関する遺書を認めて絶命していたのだった。
「ヒロイックなる文字」と、佐久間艇長の遺書をたたえた夏目漱石
第六潜水艇の事故及び佐久間艇長の遺書は、国内だけでなく直ちに欧米各国にも伝えられ、英国の新聞は日本人の道徳及び精神を「世界に例がない」と絶賛。国内では教科書や軍歌として広く取り上げられた。
しかし、第六潜水艇沈没事故発生の当時にあっても、「生きたいという本能の優位」を語り、英雄を認めぬ日本人はいた。これに対し一文を与え、艇長らの勇気を讃えたのは、文豪夏目漱石であった。
「文芸とヒロイツク(注・英雄的なさま)」夏目漱石
余は近時潜航艇中に死せる佐久間艇長の遺書を読んで、此ヒロイツクなる文字の、我等と時を同じくする日本の軍人によつて、器械的の社会の中に赫として一時に燃焼せられたるを喜ぶものである。自然派の諸君子に、此文字の、今日の日本に於て猶真個の生命あるを事実の上に於て証拠立て得たるを賀するものである。彼等の脳中よりヒロイツクを描く事の憚りと恐れとを取り去って、随意に此方面に手を着けしむるの保証と安心とを与へ得たるを慶するものである。
往時英国の潜航艇に同様不幸の事のあつた時、艇員は争って死を免かれんとするの一念から、一所にかたまって水明りの洩れる窓の下に折り重なったまま死んでいたといふ。本能の如何に義務心より強いかを証明するに足るべき有力な出来事である。本能の権威のみを説かんとする自然派の小説家はここに好個の材料を見出すであらう。そうして或る手腕家によって、此一事実から傑出した文学を作り上げる事が出来るだらう。けれども現実はこれ丈である。其他は嘘であると主張する自然派の作家は、一方に於て佐久間艇長と其部下の死と、艇長の遺書を見る必要がある。さうして重荷を担ふて遠きを行く獣類と撰ぶ所なき現代的の人間にも、また此種不可思議の行為があると云ふ事を知る必要がある。自然派の作家は狭い文壇の中にさへ通用すれば差支ないと云ふ自殺的態度を取らぬ限りは、彼等といえども亦自然派のみに専領されてゐない広い世界を知らなければならない。
勇者への共感を得られぬ教師
漱石の言葉を借りれば、「ヒロイツクを描く事の憚りと恐れにて、本能の権威のみを説かんとする自然派の小説家」、斯様な文学論を信奉する人は、は今もなお多い。
平成27年の新聞投書欄では、高校教師がこんな主張をしていた。
「百田尚樹氏の「永遠の0」がドラマ化されるという。小説も映画も鑑賞したが、あくまでも創作であることを踏まえないと誤解を生みかねないことを懸念する。(中略)この主人公には、人物像と最後の決断に一貫性がない。この作品が歴史や近代の人間存在の葛藤と闘おうとして書かれたものではなく「感動」重視で書かれたものだからだろう。本来の主人公の人間像ならば、どんな手を使っても生きることを選ぶべきで、それを悔やみながらも生きる中にこそ文学的価値もあろう。しかし、そうした人物像は「感動」を呼ばない。だが若いまま「死ぬ」ことで神格化され「感動」を呼ぶことができるのだろう。まさに、この小説がベストセラーになる日本の構造こそが、若者を特攻隊に送り込んだ構造そのものなのではないだろうか。」
斯様な思想の教師では、勇気を語れるはずもない。まして、道徳教育など到底おぼつかないだろう。平成30年から正規の教科とされた道徳教育では、「勇気」は徳目として教えられているのだろうか。我が国は、国家の為、社会の為に己を空しうした英雄たちが歴史に満ちている。佐久間艇長を始めとする英雄たちこそ、教科書に載せるべきなのだ。究極の場面で己の為でなく愛する者の為に我が身を捨てた英雄たちを、戦後教育は意図的に否定し続けた。人間の本質は俗物性であるかのごとく、高貴な精神を否定したのである。
その結果はどうか。己の利益を国民の利益に優先させる総理大臣の出現を許したではないか。原発事故に対応し犠牲を恐れず奮闘した東電関係者の崇高なる行動を否定する報道が、かの総理を支持し続けた新聞によるものであったことも根は同じ。英雄を否定し、世俗化させる詐術による欺瞞は、慰安婦誤報騒動と相まって一気に噴出し、多くの国民の知る所となった。
この投書欄の教師の副意識にも、佐久間艇長が示した魂はある。艇長の記録や日本の勇者の歴史を知り、目覚めてほしい。そうすれば必ず、生徒に「勇気」を語れる教師となれると思うのだ。
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